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第4回福島事故検証新潟県技術委員会の報告

第4回福島事故検証・県技術委員会(12月14日 会場・朱鷺メッセ中会議室301)を傍聴しました。
簡単に報告します。
いずれ、県のHPに議事録がでます。詳細はそちらをご覧願います。

技術委員会は、これまで3回にわたって事故調報告をもとに事故検証をしてきました。
第1回 民間事故調報告をもとに検証(7月8日)
第2回 国会事故調   〃    (8月24日)
第3回 政府事故調   〃    (10月30日)

今回は、東電事故調報告をとりあげての検証でした。

● 傍聴しての感想等
・東電は、10月に国内外の有識者・専門家をメンバーに「原子力改革監視委員会」をたちあげそのもとで、「調査検証プロジェクトチーム」と「原子力改革特別タスクフォース」の2組織が事故検証や改革への取組を進めています。

技術委員会当日の14日にあわせたように、「原子力改革特別タスクフォース」は「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン骨子(中間報告)」を公表しました。

この「中間報告」で東電は初めて「過酷事故対策の必要性を認めると、現状の原子力発電所が十分に安全であることを説明することは困難になると考えた」結果「過酷事故対策の強化が停滞した」ことが事故の根本原因だと認めました。

今回の技術委員会での東電の説明は、9月の柏崎市での説明会と比べ、マネジメントの不備にも踏み込み、部分的には率直に非を認める方向性が見受けられました。

しかし、立石委員の質問に対する東電回答への鈴木委員の指摘(●質疑応答参照)にみられるように「隠ぺい、ねつ造・改ざん」を繰り返し安全性より経済性を優先させてきた体質をどれだけ変えられるのか、あまり期待できないように思いました。

・事故調報告をもとにした検証は今回を最後に、技術委員会は3月までにこれまでの検証をまとめるとしています。

それぞれの技術委員会での議論の時間は2時間に満たず、これでまとめられるのかと思います。原子力安全対策課は「法・制度上、技術的、マネジメント上の課題の3項目で検証を進めてもらいたい」としていますが、県民の安全・安心のための事故検証とするには次のプロセスが重要ではないでしょうか。

①技術委員会は各4回の論点をまとめて公表する→②県民から論点について意見を聞き、不足の論点について技術委員会を開き議論し、検証項目をまとめる。→③県民合意の検証項目で4回の検証をまとめる。→④検証のまとめについては、県民説明会を可能な限り県内各地で開催し県民の意見を求める。

公開の原則のもと、最大限の県民参加を実現することを県当局に求めたいと思います。

● 東電の説明(概略)13:40~14:50
資料は県のHP (http://www.pref.niigata.lg.jp/genshiryoku/1355695215909.html)をご覧ください。
説明項目と説明ポイントを報告します。

<事故の反省として>
1 設備面での不備について
・ 3月11日の地震と津波で、設置許可申請書で有効に作動するとしていた安全設備のほとんどが機
能喪失した。
・ 設計段階で外的事象(地震と津波)を起因とする共通要因故障への配慮が足りず、海外安全強化
策に対する収集・分析の仕組みが不足し、継続的な安全性の向上が十分ではなかった。
・ 設計段階での技術力不足、その後の継続的な安全性向上の努力が足りなかったと深く反省してい
る。
2 事故時の広報活動について
迅速さ、適切さが足りず、立地地域に加え全国・全世界の皆さまに不安・不信を招いたことを深く反省する。

<第1原発の状況について>
・ 1~3号機は昨年12月以降安定的に100℃以下を満足。
・ 放射性物質放出量の評価値[2012年11月]は合計約0.1億ベクレル/時と算出。
・ 廃止措置に向けた現段階は、線量低減、燃料取り出し計画、燃料デブリ取り出し計画が課題。
・ 滞留水処理が大きな課題。

<事故調査報告>
・ 1F-Ⅰ(福島第1原発1号機)の安全上重要設備の機能について、格納容器圧力変化から判断する限り、仮に漏れ口が
生じていたとしても、保安規定の許容漏えい流量を超える漏えいは発生した可能性は低く、事故の進展に影響はなかったと推定される。

<検証項目例11項目について>(*第1回目に原子力安全対策課は検証項目例として11項目を提示しました。)
・「①IC(非常用復水器)など非常用設備の活用⑨ICの有効性、仕様の適切性について」
ICは設計通り自動起動。その後圧力制御は十分とし、A系を停止。その後全電源喪失により隔離弁の開閉状態は不明。現場で弁の開操作による手動起動の手順がなかった。柏崎刈羽原子力発電所にはICは設置されていないが、同様の機能をもつRCIC(原子炉隔離時冷却系)がある。
・「②ベント操作の適切な手順について」
ベントの実施に躊躇はなかった。
・「③海水注入冷却などの意思決定について」
海水注入の実施に躊躇はなかった。がれき撤去、暗闇・高線量下での作業等で遅れた。
・「⑤SPEEDIやメルトダウン情報の非開示について
把握している事実を正確に伝えることを重視した。炉心溶融やメルトダウンの用語の定義が定まっておらず、正確な表現につとめようとしたことが、事象を小さく見せようとしているとの指摘につながった。炉心損傷が起きていても小さくあってほしいという潜在的願望で、公表では矮小化したいという集団心理を生んだ。
・「⑦高線量率環境における民間社員への作業命令について」
現行法では緊急時の線量制限は100m㏜であり、この範囲の作業となる。
・「⑩冷却設備配電盤水没時の代替電源設備の有効性について」
電源盤がタービン建屋の一角に集中して設置されており、津波でほぼすべての電源盤が使用不可能となった。5,6号機では被水を免れた電源盤の活用で冷温停止できた。
・「⑪MARKⅠ型格納容器の安全性について」
今回の事故では電源や所熱能力の喪失に寄り格納容器の健全性を維持することが困難となった。MARKⅠとMARKⅡはほぼ同等でMARKⅠが特別小さいということはない。

<原子力改革の進め方について>

<事故の総括および原子力安全改革プラン骨子(中間報告)・原子力改革特別タスクフォース>

●質疑応答 15:00~16:20
<立石>*別紙資料
・ 津波到達時刻について、1A(非常用発電機の1つ)は津波到達以前に機能喪失したのではないか。
・ Ss(基準地震動)に基づいた耐震補強がなされていないなら、S₂(旧指針による基準地震動)を基に解析すべきではないのか。耐震補強はしたのか。
・ 3月15、16日の線量急上昇はどのような事象で起きたのか。
・ 12月7日のM7.3地震の地震計観測記録を公開せよ。4号機のポンプ故障、小爆発等の真偽はどうか。

(東電)
・ 1Aの運転履歴は14:48~15:17までの30分間はあり、この間M4が6回、M2が2回起きているが正常だった。15:17から津波到来までにはM3が1回発生。国会事故調報告では、1A停止は1B停止の1~2分前、長くても2~3分前としているが、こちらの調査では明確な証拠はないが、ほぼ同時という証言もある。波高計の時刻がずれていた可能性もあり、振り切ったのが15:35で実際には2分前くらいから津波は来ていた。2~3分の差は評価を左右するものではなく、地震で1Aが停止したとは考えにくい。
・ D/G(非常用発電機)の耐震性は観測された地震波で解析し、基準値を十分下回っていて、問題はない。
・ 事故直前のプラントをモデル化して観測波で解析、十分健全性を示している。
・ Ssによる耐震補強はしていない。
・ 3月15日は2号機、16日は3号機の格納容器からかなりの量が漏えいした。
・ 12月7日地震では、1F-6の水平は26.2ガル、垂直は22.1ガル、地震後パトロールし、12月8日に報告した。4号機プールの安定を確認している。

<鈴木>
・ D/Gトリップ時刻の不確定性については、グレーゾーンとして報告すべきだ。断定した表現は問題だ。
・ 応力解析で再循環の値が出ていない。出すべきだ。

<東電>
・ グレーゾーンの指摘は受け止めたい。その時点での判断を記載してある。調査は続けている。

<鈴木>
・ そうなら、検討中と書くべきだ。

<東電>
・ 再循環配管の解析は追加で実施している。

<鈴木>
・ 水力学的動荷重は計算したか。

<東電>
・ していない。

<鈴木>
・ いつするのか。

<東電>
・ 状況を確認し、実施計画したい。
・ サプレッション・プールについてはパラメータで確認できる。

<鈴木>
・ 詳しいデータがないではないか。

<東電>
・ データは確認できる。

<香山>
・ 東電の責任というより国のまちがいではないか。東電はそのことを言いにくいと思うが、自分の問題ではないことを東電は反省しているようにみえる。SA対策等、国は根本から変えるとしているが提示されてはいない。今後東電はどうするつもりか。

<東電>
・ 第一義的に責任は我々にある。そこを明らかにして問題を掘り起し、そのうえで解決に向けて国も含めて意見交換しながらやることが必要だ。

<梶本>
・ SA(シビア・アクシデント) 対策については東電は2002年までに整備した。米国からMAAP(解析コード)を導入し、SAへの対応を検討したが、それはどう活用できたか。
・ フィルタ付ベントの有効性の確認活動はどうか。
・ SAについてPRA(確率論的リスク評価)の継続的な取り組みはどう進めるのか。計画はあるか。

<東電>
・ 対策の有効性については米国とほぼ同様に取り組んできた。今回それを上回る事象が起きた。
・ ベントについては手順のようにはできなかった。読みが甘かった。
・ 整備した考え方は応用して使われている。一定の有効性はあったと思う。
・ フィルタ付ベントの有効性については現在開発中、試験を実施している。
・ 安全性強化のために、決定論だけでなく、確率論的評価、地震PRA、津波PRAをやっている最中だ。来年前半には一定の確認をしたい。

<梶本>・
・ 対策が全て無駄だったとは思っていない。対策の良し悪しの分析が重要だ。
・ 資料2のp52「高圧注水手段として、制御棒駆動水ポンプに電源および冷却水を供給し、原子炉に注水する手順」は2002年の提起で整備されていたと思うがどうか。

<東電>
・ その通り。今回、事象が上回った。

<角山>
・ 反省を報告に盛り込むべきだったと思う。
・ 1号機ICの設計の妥当性について、多重事象で機能しなかったとしているが、単一事象の設計は、柏崎刈羽原発にもあるのか。
・ 単一故障過程がはっきりしていない。
・ AM(アクシデント・マネジメント)について、訓練は単一故障への対応か。
・ 今後信頼性向上のために、多重故障への対応が必要だ。どう考えているか。
・ 事故調報告は多種あるが、日経の報告にふれていないのはなぜか。

<東電>
・ 設計は単一のトラブル対応で、それぞれが独立し、それぞれが守られるよう設計する。外部事象では、同時に色々な設備に影響が及ぶ。対応を反省している。
・ 想定の事故対応の訓練を実施してきた。想定を上回る臨機応変の訓練はしてこなかった。今後必要だ。
・ 多重故障は考えねばならない。さまざまなケースを考え、多様性をあげ、壊れないようにしていく。
・ 日経レポートについてはわからない。

<角山>
・ 是非見てもらいたい。
・ インターロックは多重故障を考えているのではないか。

<東電>
・ 起因事象は単一事象である。配管が破断しフェイルした時にどうなるか正解はない。破断がわからないとき、注水は止めるべきではない。

<山内>
・ MARKⅠの安全性について、改善が加えられたが、1F(福島第1原発)には古さがどの程度影響したのか。その後の改善はどの程度影響しているか。
・ 発電所ごとの取組に対して、国全体の取組をどう考えるか。

<東電>
・ 古いプラントが全て古いわけではないが、設計の古さは影響している。例えば、電源盤が同一場所に設置されていた。レイアウトにかかわるので、対応は難しいが、対応すべきだった。改良型は考え方が進歩していた。
・ 国との関連は、避難等、今後大きな課題が出てくる。取り組んでいきたい。

<吉川>
・ SA対策について、経営リスクを避けるために、共通問題懇談会における電事連の取組があったが、どう総括するのか。

<東電>
・ 重要な指摘だ。今後の改革のなかで考えていくべきだ。SBO(全交流電源喪失)の時間等、事業者としてその時々に技術的に妥当と判断して、各社と共有した。
・ ふりかえってみると、公開性がなかった。
・ AM対策は十分安全との思い込みがあった。安全に対する継続的な追及が少し薄かった。海外と比して、反省すべきだ。
・ 安全追及を継続し、公開の場での議論が必要と思う。

<梶本>
・ 是非忘れないでくれ。規制を守るのは当然で、安全向上のための自主努力を継続すること、公開することが求められている。怠ると劣化する。

<橋本>
・ 地震による破断はないと思うが、データが正確ではない。圧力をみて流出を言ってもらいたい。
・ フィルタ付ベントをどういう状況で使うのかを明らかにすべきだ。とりあえずつけたにしないために、必要性と設置の関係を明らかにしてもらいたい。

<立崎>
・ いつも時間が足りず、今回も文書で質問を出す。

<鈴木>
・ 文書でも出すが、使用済み燃料プールについて、水に埋まっていればよいが、水が出てしまえば手の打ちようがなくなる危険物だ。
・ Spent fuel(使用済み燃料)の対策が出ていないではないか。ヨーロッパではSpent fuel pool(使用済み燃料プール)が建屋内にあるのは少ない。日本はSpent fuel poolに大量にたまっている。未使用までが固めて入れてあるのはなぜか。問題を分析して公表すべきではないか。

<東電>
・ ヨーロッパのSpent fuel poolの仕様はPWR(加圧水型軽水炉)仕様だ。BWR(沸騰水型軽水炉)では建屋内に置くのが一般的だ。対策は書いてないが、注水、注水不可なら外から直接入れる。KK に配備済みだ。

<鈴木>
・ 耐震補強はどうか。

<東電>
・ KK(柏崎刈羽原子力発電所)4プラントは十分余裕がある。耐震補強は必要ない。

<鈴木>
・ 新規燃料を分散して入れることを考えないのか。

<東電>
・ ラックからぬけても臨界がないように設計してある。Spent fuel poolのマネジメントを考慮してやる。  

<鈴木>
・ それはわかっている。ヨーロッパでは、ブロックに固めてはいない。

<東電>
・ 調べて確認したい。

<座長>
・ 事務局に質問を文書で出してくれ。

<鈴木>
・ ずいぶん時間がたってから、西川さんの質問がHPに載っていた。もっと迅速にすべきだ。

<立石>
・ 文書での質疑応答について、何故ペーパーで配布しないのか。配布してもらいたい。

<須貝>
・ そのようにしたい。

<防災局長>
・ 事務局の不備、申し訳ない。
・ 詳しい説明が必要なら再度開きたい。

(12月20日)
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「ききみみずきん」-ハッピーエンドは…

昨日twitter(@mie756)で紹介した旧巻町(現在新潟市)の若いママが書いた童話をお読みください。

最初に、童話が生まれた背景を簡単に紹介します。

ご存知のように、発表以来34年の月日をかけた町の人々の様々な取り組みにより、東北電力は2003年に巻原発建設計画を取り下げました。

とどめの一発は住民投票の実施でした。

実は、巻原発に係る住民投票は1995年と1996年の2回実施されています。

1995年1月~2月にかけて実施された住民投票は、前年秋に結成された「巻原発住民投票を実行する会(実行する会)」という組織が、町長に住民投票実施を断られたために公職選挙法に準じて投票場から立会人まで最大限の公正さを担保しながら実施した「自主住民投票」です。

議員や首長の選挙投票日は1日かぎりですが(期日前投票を除けば)、自主住民投票では、できるだけ多くの町民が投票できるよう、会場も各地区に設け、時間帯も夜間をふくめ、投票期間も長く(1月22日~2月5日)設定されました。

結果は、投票率45.4% 原発反対9854(94.95%)原発賛成474(4.57%)と、圧倒的に反対がうわまわり、前年の町長選挙で当選した推進町長の得票数(9006)を超えました。

これにあわてたのか、東北電力は住民投票後1週間も立たない2月10日に、未買収地となっていた町有地売却を町長に申し入れ、町長は「あいよ!」とばかりに18日に売却のための臨時町議会を開くと表明しました。

東北電力が申し入れた翌日の朝7時過ぎ、4~5歳くらいの男のお子さんの手を引いた若いママが来て「これ、書いてみました。読んでください」と封筒を差し出しました。厳冬の朝、歩いてこられたのですから、我が家からそう遠くないところに住んでおられたと思うのですが、私も夫も会ったことのない人でした。おそらく「反対運動してる桑原さんってあそこの家の人」と知って届けてくださったのだろうと思います。

童話です。

「ききみみずきん」

昔々、げんじという、気立てのいい若者がおりました。

げんじはとても働き者でしたので、ある日、神様がごほうびとして村の村長にしてくれました。
げんじはたいへん喜び、村人のために、ますます一生懸命に働きました。

そして、月日がたち、げんじの髪にも白髪がまじるようになり、げんじも、だんだんと昔のすなおな男ではなくなってきました。

自分は村長なのだから村のことも村人のことも、すべて自分の思いどおりになる、自分にさからう者は話のわからんやつだ、自分よりえらい人間などいないのだと思うようになったのです。

そんなげんじのところへ、ある日、隣村のくまごろうがたずねてきました。

「げんじさん、わしは、こんど、おまえさんの村にりっぱな工場をたてようと思うのだが、土地を譲ってくれないかね」くまごろうは、ふところから、ずっしりと重い金の入った袋を出して、こういいました。

げんじは、その金をみたとたん、たちまち心を奪われてしまいました。

しかし、その工場はとてもおそろしい薬を使う工場で、その薬が流れ出て、工場の立った土地では、たくさんの人々が死んでいると言ううわさのあるおそろしい工場だったのです。

でも、げんじは、くまごろうのたくみな言葉とその大金に工場をつくることを承知してしまいました。

その夜、げんじの枕もとに神様が現れました。

「げんじ。おまえに、このききみみずきんを与えよう。これをかぶると、村人が工場をどう考えているか、本当の声が聞こえてくるのだ。村長として、村の人々の本当の声をよく聞いて、自分の私利私欲でなく、村人のために、はたらくのじゃぞ」

げんじが目を覚ますと、枕もとに赤いずきんがおいてありました。げんじは、それをかぶって、村の人々が大勢集まっているところへ行ってみました。

げんじをみると、腰のまがった年寄が頭をさげました。「おっかねえ薬を使う工場をつくらないでくれ」老人の心の声が聞こえました。

「子どものために、工場なんかいらねえ」子をおぶった若い母親の声も聞こえてきました。

どの村人もどの村人も、「工場なんかいらない。工場なんかつくらないでくれ」そう叫んでいました。

げんじは、全く話のわからん村人だと腹立たしくなりました。
「こんな大金がもうかる工場をたてないなんてわからん話はねぇ。おれさえよければ、村人なんか何人死のうが、かまうもんか。あいつらは、みな、おれより話がわからんのだから」

げんじは、そう考えると、その神様から授かったずきんをぬぎすてて、たき火のなかに投げ捨て、もやしてしまいましたとさ。

(童話の最後に、書き添えてありました)

―残念ながら、おはなしは今のところ、ここでおしまいです。ハッピーエンドでお話を子どもたちに話してあげたいために、私も投票に行きました。ハッピーエンドは、自分達で作っていくものだと思います。子ども達を守るために、私も、ささやかなことでいいから、自分にできる何かをやっていきたいと考えております。



臨時町議会は町内外から集まった大勢の人々の抗議でついに開会できず、その後の町議選で住民投票条例策定を公約にした議員が過半数を占め、6月に条例可決、紆余曲折を経て(推進勢力のまきかえしなど)条例を無視する町長をリコール、1996年1月に実行する会代表の笹口さんが町長に当選、その年の8月4日、条例にもとづく住民投票が実施されました。

結果は、投票率88.3% 原発反対12478(61.22%)原発賛成7904(38.78%)でした。

1994年秋から1996年8月までのおよそ2年間、旧巻町の人々は原発建設という問題に毎日向き合い続けました。「町の将来を決めるのは、巻町民なのだ」という実行する会の呼びかけに、しがらみを乗り越え、逡巡を乗り越え、自らの意思を育てあきらかにしていきました。その日々は、まさにハッピーエンドを作る日々でした。

(12月19日)

第13回学習交流会中止のお詫びと今後の予定

第13回学習交流会中止のお詫びと今後の予定

12月9日(日)13:30~16:00、新潟市万代市民会館6階多目的ホールでの第13回学習交流会・今中哲二さん(京都大学原子炉実験所)講演「チェルノブイリ事故と福島事故 放射能放出と放射能汚染の実態」は、当日朝7時半過ぎに発生したJR上越新幹線停電事故のため、今中さんが途中駅で足止めをくい、復旧のめどがたたないため、14:00時点で中止とさせていただきました。

雪が舞い、足元が悪いなか、13:00頃より会場にお越しくださった大勢の皆さま、お問い合わせくださった皆さま、ご迷惑をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げます。

12月は天候からしても避けたかったのですが、200人規模の会場確保が大変むずかしく、やむを得ずの日程ではありました。

当日の内容です。

13:30~14:00 書籍販売の紹介、アンケート用紙の「国、東電、県に言いたい!」について、講師今中先生の紹介、テーマを選んだ理由

14:15~15:15 16:00頃に到着するかもしれない今中さんに質問がある方は残っていただき、待ち時間に「原発建設を許さなかった町の人々の歩み」(巻原発計画撤回までの日々)を聞いていただきました。

今中さんは18:00近くに到着、スタッフを含めて12人の参加で懇親会を開き、今中さんを囲んで歓談のひと時を過ごしました。

今後の予定です。

第14回学習交流会
日時:2013年3月24日(日)13:30~16:00
会場:未定
テーマ:「豆腐の上の原発? 断層・地盤の質問どんどん!」 原発の話のなかでも分かりにくい断層や地盤について、立石さん(新潟大学名誉教授)にどんどん質問をし、答えていただく、そんなタイプの学習交流会を予定しています。

第15回学習交流会
日時:2013年5月19日(日)13:30~16:00(予定)
会場:新潟市万代市民会館6階多目的ホール(予定)
テーマ:今中哲二さん(京都大学原子炉実験所)講演「チェルノブイリ事故と福島事故 放射能放出と放射能汚染の実態」*第13回の出直し版です。

いずれも、確定しましたらお知らせします。

(2012年12月12日)

第13回学習交流会のご案内

第13回学習交流会のお知らせ

2009年4月にスタートした「いのち・原発を考える新潟女性の会」学習交流会、今回で13回目となりました。

過去12回のテーマです。

2009年
第1回 「刈羽村いのちを守る女性の会」との懇談会
第2回 「母なる地球を救えるの? エコさいばんinにいがた」
第3回 「平和利用のかげで -原子力発電所・被ばく労働者の実態―」
2010年
第4回 「どうする?原子力発電所の“ゴミ”パート1」
第5回 「どうする?原子力発電所の“ゴミ”パート2」
第6回 「どうする?原子力発電所の“ゴミ”パート3 暮らしと再処理」
2011年
第7回 「柏崎刈羽原発7号機の悲鳴! わたしたちの安全・安心は…?」
第8回 「福島原発事故と放射能 ~低線量被ばくってホントにだいじょう
     ぶなの?~」
     講師: 崎山比早子さん(高木学校)
第9回 「脱原発にむけて 柏崎刈羽原発の状況と県内の汚染状況」
2012年
第10回 「柏崎刈羽原発で過酷事故が起きたら 被ばくしないで避難できるの?」
第11回 「内部被ばくとは」
     講師:矢ヶ﨑克馬さん(琉球大学名誉教授)
第12回 「えーっ再稼働?!」

福島原発事故以降、専門家をお招きして放射能に関する学習交流会を、第8,11回と2回実施し、低線量被ばくと内部被ばくについて学習しました。

今回は、“放射能学習シリーズ”第3回目、今中哲二さんの講演会です。

* 日時: 12月9日(日)13:30~16:00
* 会場: 新潟市万代市民会館6階多目的ホール(TEL 025-246-7711)
       駐車場はありません。公共交通等でお越しください。
       JR新潟駅万代口から徒歩7分です。
* 内容: 今中哲二さん(京都大学原子炉実験所)講演
      「チェルノブイリ事故と福島事故 放射能放出と放射能汚染の実状」
* 資料代: 500円
* 連絡先: TEL 090-4625-9809(桑原)
* 当日日程: 
13:30~13:40 開会、講師紹介
13:40~15:10 講演
15:10~15:20 休憩
15:20~15:55 質疑応答
15:55~16:00 次回14回の案内 閉会

講師・今中哲二さんを囲んで懇親会を開きます。
参加ご希望は上記連絡先までお願いします。
 会場: 東映ホテル9階 
 時間: 17:00~19:00
 会費: 3000円


講師の今中哲二さんは、今さらご紹介するまでもありませんが…

1950年広島市生まれ。

原子力の負の側面に注目され、ずっと「原子力を止めることに役立つ研究」を続けて来られました。

広島・長崎原爆、チェルノブイリ事故、セミパラチンスク核実験場、と20世紀核被害の実態解明に取り組み、福島事故では3月28~29日にはチームを組んで飯舘村に調査に入られました。

お母様が広島で被爆されていて、今中さんは「被爆2世」でいらっしゃいます。


「チェルノブイリ、スリーマイルに学べ 日本だけ巻だけ安全なんて絶対無い」
これは、16年前、旧巻町の原発建設をめぐる住民投票の折、反対運動に取り組んでいた私たちに届けられた1町民のメッセージです。

当時、町内推進勢力はもちろんの事、通産省(当時・通商産業省、現・経済産業省)のお役人も、東北電力に至っては本社も含め総力で、町中を回って「原発は安全です」を繰り返していました。

折も折、1996年(住民投票日は8月4日)はチェルノブイリ事故10年目にあたり、TVは4~5月頃チェルノブイリ事故特集番組を何本かやっていました。

町民は、とりわけ母親たちは、甲状腺の手術を受ける子どもたちの映像を、おそらく全国他のどこよりも、ひしひしと身につまされて見たのです。反対投票よびかけの戸別訪問先で、私は「あんなことになると、たいへんだ」というような声を何度も聞きました。

推進側も気づいていて、しまいには「テレビが悪いんだ、チェルノブイリの番組ばっかりやっている」と、少々八つ当たり気味でした。

何回も何回もいやになるくらい「安全ですから」と言って来る東北電力社員に、町民はどのように対応したのでしょうか。

我が家の親類の叔父さんは、社員の話を黙って聞いていて最後にこう言ったそうです。
「よーし、わかった。おめさん(あなた)たち、そんげ大丈夫、安全て言うなら、おめさんの名刺の裏に『事故は絶対ありません』て書いてハンコついてくれや」

社員が「いえ、それは…」と口ごもると、叔父さんはすかさず言ったそうです。
「ハンコもつけん話をいつまでも言うもんじゃねぇ」

70歳代の女性は、ニコニコしながら社員の話をいっとき聞いて、ニコニコしながら次のように言いました。
「おめさんたち、そう言わんばらろうねー」

この話を聞いた時、私にはできない素晴らしい“反撃”だと感心しました。
笑顔で語られた言葉は「あんた達がそう言わなければならない立場だということはわかるよ」と、社員の立場を理解して、でもわかったのはそこまでだよ、あんた達の話の中身は理解できないよと、伝えているのです。

私だったら、社員を相手に「なに言ってんのよ」と息巻いたかもしれません。

親類の叔父も、70歳代の女性も、「チェルノブイリ、スリーマイルに学べ 日本だけ巻だけ安全なんて絶対無い」のメッセージを寄せた町民も、自らの人生でつちかった自らの思想と言葉で、町をしばりあげようとする“安全神話”の虚像を射抜きました。


しかし、この国は“安全神話”の鎖にしばられ、チェルノブイリ事故を学べないまま、その25年後に福島事故を起こしてしまいました。

チェルノブイリ事故―福島事故、この“取り返しのつかない過ち”の連鎖を繰り返してはなりません。それには、2つの事故の実態を知り、巻町民のように、自らの言葉で語ることが大切ではないでしょうか。

事故を見続け研究をかさねてこられた今中哲二さんの講演に耳を傾け、次代につなぐ言葉を探しましょう。

皆さまのご参加を、お待ち申し上げております。

(2012年12月4日)
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