スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

要請行動報告 東電編 私たちが東電社員に伝えたこと

新潟はよいお天気が続いています。

小鳥のさえずりがあちこちから聞こえてきます。昨日、台所で仕事をしていたら、まじかに雀の鳴き声が。網戸越しに見たら、目の前の物干しざおに止まってしきりに鳴いているのです。まるでよびかけるかのように。そのうちに真向かいにある楓の若葉の中に飛んでいきました。
小さな命と共に暮らしていくのはやすらぎであり、喜びです。

今日は、要請行動報告・東電編です。

巻原発反対運動で、東北電力の巻営業所に“交渉”に行ったことがありました。“交渉”、いかにも活動家風のかたい言葉ですが、中身は質問とお願いです。でも、相手はそのどちらにも、私たちが理解できるようには答えないので、結果何とかして答えさせようとする“交渉”になってしまうのです。

柏崎刈羽原発の地震後の再開問題で、東電の現地サービスホールで東電社員の方々と会ったのは2年位前でしょうか。“交渉”という言葉は“申し入れ”に変わっていました。

1980年代前半からここまで、何回か“交渉”、”申し入れ“を経験しましたが、いずれもそこから何かが大きく打開されていくことはほとんどありませんでした。わずかでも是正させることができれば大成功です。もちろん、それはわかったうえで、”申し入れ”を続けるのです。
問題点を指摘し、改善を求めつづけるために、不毛に近い話し合いを忍耐強く重ねるのです。

今回、私たちは“要請”という言葉を使いました。これまでの11回の学習交流会で得た見解をもとに、東電に求めたいことを“要請書”にまとめたのです。

東電への4項目の要請は、いずれもハードルが高く“言っても無理”あるいは“言っても無駄”…たぶん、そうでしょう。
でも、私たちは心底願うことを、実現の可能性の高低にかかわらず、東電に伝えなければならないと考えました。

きっと“事務処理的な対応”だろうとの予想に反して、経産省のお役人方は、回答はともかく、丁寧に真摯に聞いてくれたという印象でした。こちらも6人全員が一生懸命伝えました。私たちには、相手から何か獲得しようとか、言い負かそうとか、そんな気負いはないのです。経産省まで出かけたのは、ひとえに届けられた声も含めて、私たちの考えていることを直接聞いてもらうためでした。

さて、東電は?

会場は、東電本社から若干離れた「東新ビル」。経産省別館とは打って変わって人気のない玄関を入り、守衛さんに「新潟から来ました…」と言うが早いか、担当の竹内さんが来られました。

「今日新潟にお帰りですか?」「はい…」「じゃあ、新橋から乗っていかれればいいですよ、駅、すぐそこですから。いや、まあ、もう帰る話で申し訳ないですが…」

やっぱり、私たち、かなり“おのぼりさんふう”なのですね。

*いよいよ、要請!
・時間:15:50~16:50  ・会場:東新ビル 1階会議室
・参加: 広報部原子力センター所長 曾田満男さん  〃 課長 竹内謙介さん
  
* 経産省と同様持参した「声」を貼った模造紙11枚をわきのテーブルにずらりと広げ、昨年3月16日新潟日報に掲載されたスクリーニングを受けている赤ちゃんの写真を手に、子どもたちを二度とこのような目にあわせないために来たと、要請書の趣旨を話しました。

* 曾田所長

お出でいただきお話しをうかがう機会のたびごとに、まずお詫びをさせていただいている。本当に申し訳なくお詫び申し上げます。
要請1については持ち帰って社内で検討させていただく。2~4については、ご指摘を受け止めていきたい。
こちらはご意見を聴かせていただく立場、ご質問等も含めてうかがいたい。

* 私たちが訴えたこと

・ 中越沖地震発生の翌日に柏崎刈羽原発(KK)サイト内に入った。道路はすごい段差ができていた。建物の内部も相当やられたはずだ。原発は絶対安全でなければ動かしてはならない。4月に生まれた孫がまた事故に合うのか心配でならない。原発は止めるべきだ。

・ 国の政策で原発の危険を隠して地方に押し付けてきた。見抜けなかった国民も弱かったが、いきるために何が大切かが、東電の土台にすえられていたのか?

・ 東電の姿勢は変わっていない。清水社長の姿勢はなっていなかった。こうべをたれてのお詫びになっていない。表面的おわびにすぎない。

・ 国民にわかる説明をなぜしてこなかったのか。東電は政府の陰に隠れているではないか。

・ 事故の検証も終わっていない、安全性も確認されていないのに、13年度からKKを動かすとは、新潟県民の安全・安心を無視している。
(曾田所長)わが社の事故調査委員会の最終報告書は今月中にだす。

・ 福島の方たちが、自ら命を絶つ状況で暮らしていることがわかっているか?被災した人たちの気持ちになってほしい。

・ 福島のこどもたちが不安の中で生活している。このことを真摯に受け止めて、どうしたらいいのか解決にむかってもらいたい。

・ コスト削減でも平均給与は550万円を超えている。被害者の生活の苦しさを考えると、到底認められない高い給与だ。被害者の苦しみがわかっていない。

・ 東電の謝罪は国民の心に届いていない。礼儀を尽くしたおわびではない。

・ 東電がしていることは、信頼回復どころか、自ら不信をばらまいている。自分自身で首をしめているようなものだ。東電の視線が、被害者や国民に向けられていないせいではないか。

・ 東電の姿勢は事故前とどこが変わったのか?少しも変わっていないのではないか?

・ 自死なさった渡辺はま子さんのご遺族が提訴した時の東電のコメントを新聞で読んで驚いた。「事故で迷惑をおかけした」と。それが家族を失った人に言う言葉か。責任を認めまいとか、賠償を求められないようにとか、そのような発想での対応をしていくかぎり、東電は信頼を回復できず、会社の未来も築いていけないのではないか?

・ 社員の立場をわきにおいて、あなたも家に帰れば家族と生活しているのだから、そこから考えて解決に向かってもらいたい。

・ 人はどのように生活していけばいいのかを考えてもらいたい。被ばく労働者の話も十分に聞いて対処してもらいたい。
(曾田所長)事故後、社員がスクリーニングの講習を受けて、測定技術を身につけ被ばく対策に役立てている。福島の応援にKKからも行っている。経験を共有している。

・ KKの運転で毎日だされる放射能で、桜の木が病んでいる。毎春異常な花が咲いている。ガンの発症率が高いことを地元の人達は心配している。

・ 以前刈羽村にいったとき、80歳代の女性に「ここで生まれた赤ん坊は生まれたその日から放射能入りの空気をすわんばだめら。そんげこと、許されるんだかね?」と言われたことがある。地元の人々を脅威にさらしながら発電して金もうけする、そんなことって“あり”なのか?

・ 東電は最悪の事故を起こしてしまった。二度と事故を起こさないためにも、原発から撤退をして、再生エネルギーの東電として出直したらどうか。

・ KKは中越、中越沖と2度の地震で被災している。普通の家屋でも2度地震でやられれば相当痛んでくるのに、KKは健全だとするのは理解できない。

・ 総合特別事業計画によれば、東電の原子力への対応は政府による議論の動向を踏まえた検討が必要とあるが、次期社長に決まった広瀬常務の「原発新設は国の政策の根幹」等の発言は、それと矛盾している。事故による被害者の苦しみや国民世論を無視した発言を繰り返す人がトップにすわる東電に、安全性最優先の原発稼働を期待することはできない。

・ KKのストレステストの報告書には239ものミスがあり、計器類の点検漏れも続いている。5号機の保安規定違反の報告書は時系列の整理も不十分で原因分析ができていないと保安院に突き返された。これまでにもなかったようなミスや不手際が起きている。東電はどうなっているのか?

・ 「核のこわさ」を知らないことは恐ろしい。福島事故の子どもたちへの影響をとても心配している。広島、長崎の検証がきちんとできていれば、日本は原発に進むことはなかったと思う。行政の責任は大きい。子どもたちを守るのは、私たちおとなの責任である。原発は止めなければならない。

・ KKがとても不安である。福島クラスの事故がKK7基で一斉に発生すれば、福島の何倍もの被害が出る。事故はまぬがれたとしても、いずれ廃炉を迎える。7つもの莫大な量の放射能の塊を東電は何十年もかけて廃炉解体し、何百年と管理し続けることができるのか?原発は止めるべきだ。

・ 私たちの要望に対して、具体的な回答はいただけるのか?
(曾田所長の回答)5月初めに国に認めてもらった「総合特別事業計画」が今後の方針であり、この計画にそって進めていくことになる。これ以外の方針は当面ない。

*およそ1時間、私たちは次々に、東電がいかに被害者をないがしろにし、身勝手な論理で押し切ろうとしているかを、KKを動かしてはならないことを、指摘し続けました。途中、曾田所長が一言つぶやくように言いました「返す言葉がありません…」

最後に「今日は時間と会場を用意していただき、よく話を聞いていただいた。受け止めていただいたと理解したい。ぜひ、会長、社長に私たちの要請をきちんと伝え、この皆さんからの「声」を読んでいただけるようにしてもらいたい」と伝えました。
お二人とも、「ほー!これは、これは!」というような感じで「声」を貼った模造紙を眺めておられました。

*教えていただいたように新橋の駅に向かいました。SLが置いてある駅前広場では、再稼働反対の演説をしていました。

2012年6月1日夕方、新橋駅周辺は大勢の人々が、それぞれの行先に向かって、一人で、連れだって、歩いていました。起きるはずがなかった原発過酷事故、3基の原子炉がメルトダウンして、1年と2か月半、この国はどこに向かって歩いて行くのでしょうか?その方向は、きちんと説明され、納得が得られているのでしょうか?

とんでもない電車に乗せられないように、私たち「いのち・原発を考える新潟女性の会」はこれからも学習交流会を開き、多くの方々と考え行動していきたいと願っています。


*こんだ山手線の電車の中で言いあいました「来てよかったね」「そうだねー、来てよかった。おたがい、ご苦労さんだった」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
よい日々でありますよう!
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。