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太郎さんのこと

いかがお過ごしでしょうか?今日は「子どもの日」、3日前とうって変わって新潟は雨上がりのくもり空、室温17℃、セーターがほしいような朝です。

今日は太郎さんのことから始めます。そう、あの山本太郎さんです。

昨日の朝日新聞に「言おうぜ 言いたいこと」のタイトルで山本太郎さんと沢田研二さんの記事が載っていました。お二人の共通項は、3.11をきっかけに「反原発」をカミングアウトなさったこと、そのことについてのインタビュー記事でした。

震災後「行動しろ」「するな」という相反する内なる声に堂々巡りを繰り返していた太郎さんが、一歩踏み出したきっかけは、仕事先のホテルで偶然見つけた原発の賛否を問うツィッターに「反対!」と書き込みをしたことだったそうです。

 「涙がこぼれた。やっと自分に戻れた気がした。3.11から29日がたっていた」
                 (以下、引用は朝日新聞5月4日からです)

太郎さんの涙は2つのことをもの語っているように思います。

ひとつは、それまでの苦しい葛藤を乗り越えた涙です。

1か月近い間、太郎さんは周囲の方々といつものとおり冗談を言い合ったり、仕事の話をしたり、TVやドラマや、人気タレントに社会が要請する様々な仕事をこなしながら、目と耳は原発事故の情報にくぎ付けになっていたのでしょう。政府や東電、推進を支えてきた専門家たちの無策、無責任への強い怒りと犠牲を強いられた福島の人々への強い共感があふれるようにわきあがっていたことと思います。おさえきれないような思いを抱えながら、普段の日常をこなしていけば仕事と生活は順調に進む、しかしそれでいいのか?お前の人生はそれでいいのか?-そんな日々が29日も…。私だったら、1週間も、もちません。面倒になって、投げ出して、もう見ないようにする、考えないようにする、誰かに「どうなの?」などと聞かれたら、テキトーにごまかす…そうなってしまいそうです。太郎さんは内なる戦いから逃げることなく苦しい日々を重ねられました。その上での決意です。だからこそ、決してゆらぐことのない強い決意になったのだと思います。

涙のもう一つのわけは記事の中にあります。

「やっと自分に戻れた」です。太郎さんはきっと周囲を思いやるとても優しい人なのでしょう。責任感も人一倍強いと思います。仕事でもプライベートでも、太郎さんは周囲の期待に応えていくことを大切にしてきたからこそ、悩みは深く葛藤も激しかったのでしょう。「反原発」を表明することは周囲の人々の期待にそわないことにつながり、それは即生活の根本を脅かすことにもなります。それでもあえて表明を選びました。周囲の期待に応え続ける人生ではなく、自らの意思で行動していく人生、思いと行動をばらばらにしない人生を太郎さんは選んだのだと思います。「やっと自分に戻れた」は、それまで自分をおおっていたベールを脱ぎ捨てて、周囲の声ではなく内なる声に応えて生きていく新たな地平に自らを置いたことをあらわしています。「ここまで頑張った。でもこれからはもっと自由に生きるよ、たとえ苦労が多くても、そのほうがいい。僕は僕の手で僕を解き放つんだ」 涙は太郎さんの「解放宣言」だったと思います。

決意の翌日、高円寺での反原発デモに参加、その後の福島支援活動や再稼働(九州電力玄海原発)抗議行動に取り組むなかで、予想通り仕事は激減したそうです。

 「スポンサーからの圧力などがあったとは聞いていない。しいて言うなら、『現場の空気読み』だったのだろう」

実際圧力があったかなかったかは、わかりません。圧力をかける側は巧妙にやるでしょうし、受ける側は「受けた」などとは簡単に言わないでしょうから。どちらかが言わない限りわからないのですから。

現代は、さすがに治安維持法、特高警察の時代ではないので、「言論、行動の自由と権利」を有名無実にするためのツールは、まさに記事のとおり「空気読み」なのだと思います。
「空気読み」とは、こんなことを言ったりしたりするとまずいんだよなァと「自己規制」して言論行動の根拠を周囲に委ね合わせることですよね。原発のケースで言えば、3.11以前私たちは「温暖化防止だったりとか-、コストも安いだったりとか―、日本経済を考えると原発ないと困るしー、なのでやっぱ原発必要だと思うし-」というような「空気」で社会全体をおおって、「原発反対!」などと言うと「空気を読めない人」とレッテルを貼られ、あの人はちょっと違う人、それが進むとちょっと変わった人、しまいには付き合えない人としてはじきだされかねない、そんなことにならないように原発の話題はお互いに避ける、原発反対を言い出すような人はメディアに乗せない、というふうに誰かに指示されずとも、自ら言論と行動をお仕着せの枠のなかにはめて原発推進の一翼をになわされてきたのではなかったでしょうか?

3.11以降、「空気読み」を脱し、あえて周囲との調和を破って、自らの考えを表明した方々がおられます。山本太郎さんもその一人です。他には、孫正義さん、城南信用金庫さんを始めたくさんの方々がおられますが、2人を紹介します。

1人目は、後藤政志さんです。東芝で格納容器の研究をして退職後は「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者技術者の会」で東電の点検に関する論文をペンネームで発表されていたのですが、3.11の事故発生直後から顔も名前も明らかにして原子力資料情報室を通じて事故の問題点をUStreamで発信し続けました。後藤さんの誠実で分かり易い話はネット上で若者たちを中心に“超人気”となり、そうなっても相変わらず誠実に一生懸命格納容器やマークⅠ型の問題点の解説を発信し続け、ついに政権も後藤さんを無視できなくなり、ストレステストの保安院意見聴取会委員に任命しました。というより、任命せざるを得なくなったのだと思います。3.11以降それまでの推進専門家ばかりずらりと並べた委員会は通用しなくなったのです。わずかでも、批判的な専門家をメンバーに加えないと委員会の信頼性を保てなくなったのです。だからといって、批判派を多くすれば政権が意図する結論にはなりません。だから11名の委員で、傍聴者を排除して強行した2月8日の委員会に抗議、欠席したのは後藤さんと同じく「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者技術者の会」のメンバーである井野博満さん(東大名誉教授)の2人だけでした。あとの9名は「空気を読む」専門家だったのでしょう。後藤さんと井野さんは、議論未了のまま大飯原発3・4号機のストレステスト1次評価の審議終了、通過させた18日の委員会のあと緊急声明を出しました。

★ 井野、後藤委員:大飯3・4号機ストレステスト審査書提出に抗議する緊急声明
 http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=1300

もう一人は民主党国会議員の谷岡郁子さんです。この政権与党は“山のように高く、海のように深い”問題を抱えた政党(何も民主党に限った話ではありませんが)ですが、谷岡郁子さんは注目です。

昨年12月国会で原子力協定(ヨルダン、ベトナム、韓国、ロシアとの)締結承認案が参議院外交防衛委員会で採決されたとき、委員会の民主党筆頭理事であった谷岡郁子さんは採決を棄権しました。
谷岡さんはその理由を次のように記者団に語ったそうです。

 「党を裏切るか、ことしの夏、節約した人びとを裏切るか、政治家として、よってたつところの問題だ。この条約を今進めることは『原子力村』の反省なしに、これまでの道の継続を認めることになる」 (12月8日NHK ニュース)

率先して賛意表明することを党に要請されながら、谷岡さんはそれにとらわれずに、自らの意思表明を選択しました。ラジオのニュースで聞いたとき、くもり空から青空が少し見えたような気がしました。政党という究極の組織体に属しながら、自らの視点を確立し、その視点を逸脱する事柄についてはNOを言う、そういう人々の存在が新しい時代を切り開く力となるのだと思います。谷岡さんは今なお孤軍?奮闘しておられるようです。

 「原発再稼働を進める政府と党執行部のやり方は問題があると言い続けてきたが、力がなく、政府の態度を翻すことができないことを申し訳なく思う。このままではとてもじゃないが、福島の子どもたちに説明できない。永田町のなかに、いかに『原子力村』が深く根付いているかということを感じている」(原発再稼働に反対する超党派国会議員らの集会で) (朝日新聞 4月20日)


結局原子力協定承認は国会で可決され、この4月末にはヨルダン原子力委員会から日仏連合合弁会社(三菱重工とフランス・アレバ社との合弁会社アトメア)が原発プロジェクトの優先交渉権を手に入れました。このアトメアが受注すれば、3.11以降ベトナムについでヨルダンにも原発が輸出されることになります。

ヨルダンでの原発建設はたいへん危険だと指摘されています。建設予定地は内陸部にあり、周囲100㎞圏内には人口過密な首都アンマンだけでなく、パレスチナの西岸地区も入っています。また、ヨルダンはもともと水が不足していて、大量の水を必要とする原発には向いていません。冷却水には首都の生活排水などを利用する予定だそうです。ヨルダン渓谷は地震のリスクもあります。そのような国に、世界最大の原発事故を起こした国が原発を輸出するなど全くあり得ない話なのに、政府は「我が国の技術力は極めて高い。地震にも強く、世界一安全です」などと言って大手企業の先頭に立って原発輸出促進の旗を振っているのです。野田政権は重大な失政におちいっています。


私たちはこれまで「空気を読めるわざ」を社会人の重要なツールのひとつだとしてきたように思います。空気を読めない人は「気が利かない、能率の悪い、協調性のない人」というようなとらえ方があったのではないでしょうか?しかし、このツールは、自分の判断基準をすっかり周囲のそれと合致させ、そのことが他人にもそうあるように強要することにつながり、自分も含めて人々の言論や行動を規制するものでもあることは明白です。

私たちは得た情報をもとに自分の考えをもち、「期待される自分」ではない「自分自身」の人生を生きる道を探す必要があるように思います。でも自分を生きるということは、実際そんなに簡単なことではありません。

冒頭の5月4日の紙面に戻ります。山本太郎さんと共に沢田研二さんが登場しています。

 「アイドル時代、『表現の自由』はなかった。『華麗なジュリー、セクシーなジュリーに似合わないことは、言えなかった』」

沢田さんは還暦の前あたりから「言いたいことを言わなきゃ」と思うようになったそうです。今「F.A.P.P.」(Fukushima Atomic Power Plants)という歌のなかで「BYE BYE 原発」と叫んでいるのだそうです。お聞きになられましたか?「テレビに出られなくなるよ」といわれたこともあるそうですが、沢田さんは「それでいい、好きなことをこつこつやっていこうと思っている」とのこと。葛藤を見据えたまま生きてきて「そろそろ、もういいだろう」と深い森をぬけ出た人のそう快感が伝わってくるようです。

3.11東京電力福島第1原子力発電所事故で、多くの人々がそれまでの生き方を問いなおしました。答えはいろいろあってよいと思います。お互いにどんな答えを得たのか、語り合うのもいいことだと思います。きっと、自分の答えとは違うものに出会うことができ、それが自分の答えをさらにバージョンアップさせることにつながるでしょうから。

最後に、太郎さん!応援しています。原発のない未来を子どもたちに手渡すことができるよう、ともに進んでいきましょう。

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。良い日々をお過ごしくださいますよう!
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